(※注)

この物語は『FJ』の展開を少々先取りしています。
『FJ』ではまだ『賢人会議』のあの発言はされておりません。が、こちらでは発言された後の物語となっております。
また、これからの物語の中で発言される時が来る予定です。
その心算でお読み下さい。















ひとときの間に
〜各々が、正しいと思う選択〜













それは、咲夜達との『戦い』が一段落つき、久逆那智の待つフライヤーの中に、ニールとエリオットという二人の魔法士が乗りこんだ、その直ぐ後のお話だった。

フライヤー内の室温は人間が普通に暮らせるほど。

室内に準備された椅子に各々が腰掛けており、その中で、長身の男に対し金髪の女性と茶髪の少年が、今までの『戦い』についての説明をしていた。

「―――ふむ、結局『ウィザーズ・ブレイン』は、未だ『賢人会議』の手の内に在る訳か」

両手を組み、その上に顎を乗せ、淡々と告げる長身の男の名は久逆那智。

「…はい、あの子は、セラは言っていました。
 『……今はまだ、わたしには賢人会議のこともあなたのことも世界のことも、どうすればいいか分からないんです。だから―――お願いします。どうかわたしに………………『迷う時間』をください』って」

先ほどまでの現状を説明し終えた金髪の少女――ツァル・ニールの表情には、かすかな陰りが見られる。

無理もないかもしれないだろう。何せ、あと少しで目的を達成する事が出来たのに、結局は今この時が現実として存在している。

「ふむ、あの少女は…セレスティとやらは迷っていたのか…」

「すみません…私が、彼女の意思を尊重してしまったが為に、こんな事態を招いてしまって…」

「なに、そう落ち込む事ではないよ。
 元々アレが『賢人会議』についている時点で、『賢人会議』から出てこない事は明確だ。
 無理を承知の上での行動だったが…やはり、無理なものは無理なのだ…まあ、私とて『ウィザーズ・ブレイン』の告げる答えに期待していたのだがな…」

「結局は先延ばしになっちまったんだよな。ま、オイラが考える事じゃないけどね。オイラは早く兄ちゃんに会いたいだけだしさ」

頭の後ろに腕を回して椅子の背もたれに寄りかかっている少年が、エリオット・ザインである。

「兄ちゃん…エドワード・ザインの事ね?」

「そ。『世界樹』の中に取り込まれちゃったけど、いつか絶対に会ってみたいって思うんだ」

「…ニール、エリオット」

ニールとエリオットが、少しだけ楽しそうに会話をしているところに、ぽつり、と、呟くような久逆の声。

「はい?」

「なんだ?おっちゃん?」

二人は即座に反応し、久逆の方へと振り向く。

いつも見慣れた厳しさの漂うその顔には、僅かな陰りが見えているように思えた。

「…私がどうしてこのような役に就いているかが分かるか?」

一瞬、二人は返答に詰まる。

軍人・科学者・魔法士―――それらをその身一つに併せ持ち、理に叶う行動を最優先におこす究極のリアリスト…少なくとも、二人が知っている久逆那智とはそういう男だと、それまでの付き合いがそう告げている。

故に、多少ではあるが言葉を選ばなくてはならない。

二人は数秒間ほど考えた後に、答えを紡ぎ出した。

「…それは、やはり、より多くの人類が生き残るために―――ですか?」

「んー、オイラにゃ難しい事とかわかんねーけどさ、おっちゃん、昔から軍人だったんだろ?だから、それの続きって感じでやってんじゃないのか?」

ニールとエリオットが、それぞれの答えを口にした。

「…正解率は半分だな」

「えー、じゃあ、もう半分はなんなんだよー」

ぶー、と口を尖らせるエリオット。

それを一瞥した後、久逆は一つの溜息を吐いた後に、静かに、ゆっくりと口を開いた。

「通常、一定の場を纏めるには、それ相応の力を持った指導者たる者が必要となる。其れは大統領とて、はたまた教壇に立つ一介の教員とて、規模こそ違えど根本たる意味は同じだ。だが、必要な時にそれに相応しい者がその場に居てくれる事など、先ず在り得ない。
 



 ―――其処に居合せた者が、相応しくなるしかないのだよ

「…それは…」

「…なーんか難しいな。オイラ、そういうの考えるの苦手なんだよね」

言葉に詰まるニール。それとは対照的に、つまらなそうな表情でエリオットが口を尖らせた。

「…ニール、後で分かりやすく説明しておいてくれ。私は子供を相手とした場合による、レベルを下げた説明が出来るほど若くは無いからな」

「はい、大佐」

すまし顔で一礼するニール。最早エリオットに対してそういう事をするという役割が自分のものであるという事を、ニールは自覚している。

「子供って言うなよー!」

「はいはい、そうやって怒るから、子供って言われるのよ」

エリオットが再び口を尖らせて抗議したところをニールがなだめる。まるでそれは、どこにでもいそうな姉弟の構図のようだ。最も、この二人には血の繋がりこそ無いけれど。

エリオットを二ールに任せた久逆は、腕を組んで言葉を続ける。

「…十年前、魔法士達は大戦に狩り出された。だがその中で、今、この世界に足をついているのはほんの一握りだ。
 魔法士として生まれたが故に、まだ子供の年齢で戦場に狩り出され、無残にも死んでいった魔法士は大勢居た。
 そして私は、戦場においてそれを嫌というほど見てきた―――いや、見すぎたかもしれんな。お陰で、魔法士一人死ぬ事に対し『それだけか』とすら思えるようになってしまった」

「大佐―――」

「命の価値、か。
 おそらく私も、近い未来には何者かに踏み台にされるのかもしれんな。
 …だが、それも悪くない。価値ある未来の為にこの命が使われるなら、な。
 だからこそ私は、私が生きていられる内に、人類の未来の為に少しでもいいから土台を固めておきたいのだ」

「…」

久逆の言葉には重みがある。だからこそ、ニールは何もいえなかった。

ニールもまた、嘗ては己の命を犠牲にしてでも救いたい命があったのだ。しかし、片翼の天使にそれは叶わず、結果としてニールは生き延びてしまった。

その事が未だに尾を引いているのが、ニール自身が分かっている。

だけど、再びそれを実行するには、引いている尾を捨て去るには、今はまだ不可能だ。何故なら、それを実行するのに必要不可欠なものが足りないのだから。

「…ん、あれは…。
 ―――操縦士、悪いが此処で止めてくれ」

ニールはその思考の最中に、窓の外を眺めていた久逆の声のトーンが変わったのを確かに聞いた。

先ほどまでの感傷の入り混じった感じの声から、普段の声へと戻ったのを確認したのだ。

そして久逆の命令からおおよそ十数秒の時を経て、操縦士によりフライヤーが白銀の雪原へと着陸する。

「大佐?何を?」

いきなりのその行動に少しの疑念を覚えたニールが問う。

その問いに対し、久逆はいとも簡単に答えを言い放った。

「なに、偶然とはいえ知人を見つけたのでな。久しぶりに挨拶でもしていこうと思ったところだ」

「…知人、ですか」

「へー、おっちゃんに知人ねぇ…さーて、一体どんな奴なんだろ〜っと…どれどれー」

ニールとエリオットもまた、つい先ほど久逆が見ていた景色を窓越しに見下ろした。

「…あら」

「げっ、こんな吹雪の中でフライヤー修理!?」

窓越しのその眼下には、一機のフライヤー。それと、その付近に一人の人間の姿があった。
















【 + + + + + + 】














ハッチを開けて、吹雪の吹きすさぶ大地に三人は降り立った。

その吹雪の向こうにあるのは、フライヤーの修理に取り掛かっていると思しき一人の人間の、一人の魔法士の反応がある。気のせいでも何でもなく。

その人物はゆっくりと此方に近づき、歩幅にしておおよそ十歩ほどのところで立ち止まった。

その時、その人物の外見が明らかになる。

外見年齢は20歳そこいら、やや大きな瞳は青と緑のオッドアイ、短く切った銀髪、緑色を基調とした服に銀色のマント。腰には細身のレイピアを装備している。

そんな格好でこの吹雪の中を歩けるのは、おそらく、何らかの形で彼の周囲の温度を操作しているからだろう。

「何者だ!」

此方の気配に気づき、青年が声をあげて此方を振り返る。その声は男性にしては以外にも高めの声だった。

「――と、あなたは久逆大佐ではないですか!お久しぶりですね」

だが、此方の中に久逆の姿を見つけたその時、最初こそ鋭い目つきになっていた銀髪の青年は、久逆の顔を見るなり驚いたように表情を変え、次の瞬間にはぴしっと敬礼していた。

最も、当の青年としてはその心算などなく、ただ単に出会った相手が知り合いだった為に敬礼して挨拶をした―――まさにそんな感じ。

「うむ、久しいな…」

で、そんな二人とは打って変わって、久逆は青年と普通に会話している。それも、古くからお互いを知るような知人のように。

この青年と久逆との間に何があったかなんて、ニールとエリオットは知らない。けれど、互いのその反応から、おそらくは旧知の仲と言った所であろうか。

そして、ニールとエリオットを蚊帳の外に、二人は話を進めていく。

「ええ、あなたが此処に居るとは思いませんでしたよ」

「少々一悶着あってな…しかし、お前こそここで何をしている?」

「はい、シティ・ニューデリーの様子を見に行っていまして。今はその帰りです。
 フライヤーが少々エンジン関係のトラブルを起こしたようですが、この程度なら直ぐに直せるので心配は要りませんよ。
 …それと、やはりあそこのマザーコア体制には裏があったようです」

最後の一行を口にしたその時、青年の声がかすかに小さくなった。それは恐れや恐怖によるものではなく、冷静さによるものだという事が聞いて理解できた。

「ほう、やはりそうだったか。
 確かに、一度も交換していないマザーコアなど現実的に考えてはありえんと思っていたが…」

「このままでは、真実を知らない人々が、いつか襲うであろう悲劇に対応しきれない可能性があります。しかし、ここで僕が行動を起こしたとしても、何らかの形で事件が起きてしまうでしょう。あの男…アニル・ジュレは、少なくともそういう男だと僕は思いますから。
 ですから、ここは大人しく様子見とさせていただきます」

「ふむ、何が起こるかわからぬ以上、それが最善なる策である事は間違いない。
 しかし、やはりというべきか、お前の持つシティの人々への思いやりは未だに変わっていないようだな」

「ええ、十年前のような悲劇の再来は、絶対に防がなくてはならないものだと心に決めておりますから」

凛とした表情で、かつ、口元にかすかな笑みを浮かべて青年は言い切る。その顔には、先に見せた慌てなどといった感情などどこかへと吹っ飛んでしまったかのように思える。

軽く息を吐き、久逆は肩を竦めた。

「ふむ、十年も前は鼻たれ小僧だった少年が、今ではここまで成長したか」

「相変わらずのおきつい言葉ですね…最も、そうでなければあの大戦を生き延びる事など不可能なのでしょうけれど」

「おいおいー、オイラ達を抜きにして二人で話し合わないでくれよ〜。なあおっちゃん、この兄ちゃん誰だ?」

久逆と青年が二人っきりで話し込んでいたせいで自分が話に入れなかったのが不愉快だったらしく、横から割り込む形で口を挟むエリオット。

「エリオット、大人の話に割り込むんじゃないの」

そんなエリオットをニールが諭す。

「久逆大佐、このお二方は?」

青年からも疑念の声が上がる。

小さく息を吐き、ほんの少しだけめんどくさそうに久逆は振り向いた。

「先も言ったとおり、私の知人…いや、部下だった男だな。第三次世界大戦の時には私と同じ部隊に所属し、共に戦った」

「ええ、その節はお世話になりました」

「へぇ〜、そうだったのか〜」

青年を見るエリオットの目が僅かにきらきらと輝いている。どうやら、初めて見る青年を前にして心が躍っているらしい。

尚、エリオットは人見知りが激しいわけではない、寧ろ真逆ですらある。その為、初対面の相手を見る度に友達になろうとするのだ。それは、純真な子供ゆえのひたむきな態度が成せる業だろう。

「成程、久逆大佐と一緒にいるという事でそれ以外はありえないだろうとは思ってはいましたが、後ろのお二方は、久逆大佐のお知りあいという事でよろしいのですね」

「ああ、私の部下…といえばいいのかな?」

「ええ、そんなところですね。
 そして、あなたが久逆大佐の知り合いなら、私達も自己紹介をしなくてはなりませんね。
 私はツァル・ニール。よろしくお願いしますね」

そういうと、二ールは両手を前に重ね、深々とお辞儀をした。

「エリオット・ザイン。よろしくなっ」

慎ましやかなニールとは対照的に、右手を上げて笑顔で挨拶するエリオット。その行動にはやんちゃという言葉がぴったりだ。

「エリオット殿には少々聞き覚えが無いですが、ニール殿に対しては聞き覚えがあります。以前、大佐が話してましたから」

「ちょ、おっちゃん!オイラの事をこの人に話してなかったのか!?」

「いやなに、別段話す必要も無いと思っていたからな。それ以前に、こんな形で再会できるとはおもわなんだ。まあ、ニールの事については以前の再会の時に少しは話したがな」

「ひっでー!オイラだけがのけものかよー!」

かんしゃくを起こしたエリオットは拳をぶんぶんと振り回すが、久逆の長い手がエリオットの顔を抑えたために、圧倒的にリーチの劣るエリオットの拳は久逆の顔に触れることすら出来ない。

そんな二人を見ていた青年は「はは…」と困ったような顔。

その次には「…と」と小さく口にして、ニールの方へと振り向いた。

「成程、貴女がニール殿ですか。
 確かにお話は久逆大佐から聞いておりました。けれど、外見が分からなかった為に断言が出来なかったのです」

「あらあら、じゃあ、ここにいる私がニールだって事を覚えておいてくれれば結構よ…ところで、あなたはどうしてシティ・ニューデリーなんかに向かおうとしたの?」

ニールのその声を聞いた久逆が、エリオットの顔を抑えながら振り向いた。

「む、そうか、それを説明せねばならんな。
 彼はあの大戦を生き延びた数少ない魔法士であり、今ではシティ・メルボルン跡地で街の治安を守っている…それでいいんだな?」

「ええ、それで正解です。大佐」

「ええっ、あの第三次世界大戦を…生き延びた!?」

久逆によって告げられたその言葉は、少なからずニールに驚きを与えた。

総計にして198億人というすさまじい数の命を消し飛ばしたあの第三次世界大戦を生き延びていたという事実は、それだけで驚嘆に値するものなのだから無理も無いのかもしれないが。

「…へえー、じゃあ、おっちゃんとちょっとは似た考えを持ってんだな…まあ、顔は全然にてねーけど」

久逆に反抗するのを諦めて自分から顔を遠ざけたエリオットは、事態を深刻に受け止める様子などカケラもなく、ただ無邪気にへへっ、と笑う。この行動、もしかしなくてもついさっきの仕返しもかねているのかもしれない。

刹那、久逆の顔がほんの少し厳しいものになったが、当のエリオットはお構い無しの様子。

「それにしても、よく大佐の下に居る事が出来たわね…大佐は頑固な性格だから、相当苦労したんじゃないの?」

「あの時は僕はまだ少年でしたし、他に行く宛ても無かったもので…それに、あの頃はまだ久逆大佐も今ほど固い人物ではありませんでしたよ」

少し微笑んだニールの問いかけに、青年は朗らかな顔で答える。

「―――ところで、お前の自己紹介はまだか?
 そういう事はお前自身がやるべきだろう―――『聖騎士』」

刹那、久逆のややドスの聞いた声が辺りに響き渡った。これ以上この話を続けるな、という事だろう。

「…せいきしぃ?なんだそれ?」

すかさずエリオットが頭に疑問符を浮かべる。どうやら、彼にとっては聞きなれない単語だったらしく、少しばかり理解が遅れているようだ。

「私も、そんな種類の魔法士なんて聞いた事がないわ」

ニールもまた『聖騎士』という単語に聞き覚えが無いようだ。

「―――そうですね。実は、僕もここでのんびりしている猶予はあまり残されていませんし、急がせて貰いますよ」

ふぅ、と軽く溜息を吐いて―――そして告げた












「なら、ここで改めて自己紹介いたしましょうか。
 シティ・メルボルン軍在住。カテゴリは―――『聖騎士』









 僕の名前は―――ハーディン・フォウルレイヤー











「ハーディン・フォウルレイヤー…」

「うわー、また長い苗字だなー」

ニールはハーディンの名前を復唱し、エリオットは率直な感想を述べた。

まあ確かに苗字が『ツァル』と『ザイン』な二人にとっては『フォウルレイヤー』という苗字が長いものに感じても仕方がないだろう。

その間にも、ハーディンは話を進めている。

「そして、僕が今やっている事は、六つのシティの現状の把握、そして改善案を出す事です。正直、シティ上層部だけではアテになりませんから。
 故に僕は、五年ほど前から世界を渡り歩く事にしたんです。この世に生きる々の為に、何かやらなければいけないと思ったんです」

「―――では、なぜ、そのような事を?」

ニールが問い返す。

「事は僕が、第三次世界大戦に参加した事から始まりました。
 その間、行く先々で様々な光景を見てきました。
 一言で言うなら、地獄絵図です。
 …命という命が瞬く間に消えていく世界が、そこにありました。
 地獄の業火、冷厳なる氷塊、灼熱の荷粒子砲、煌き、赤く染まる騎士剣…それら全てが人々の命を次から次へと奪いつくす、まさに人間が居てはいけないような、そんな場所でした」

それに対し、ハーディンは静かに告げる。

「だから僕は決めたんです。これ以上、こんな事を起こしてはいけないと。争いが起こらないような世界を作らねばならないと」

当時の記憶を思い出しながら語るその様子は、ハーディンのその行動原理を表すのにぴったりだった。

「一つ聞こう、ハーディン…お前は『賢人会議』の放送は勿論目にしたのだな」

そして、ここで久逆が口を開いた。

「…ええ、勿論です、大佐。
 ―――正直、自分の目を疑いましたよ。あれだけの愚行を平然と行っておいて、まだそんな事をするつもりなのですから。
 『賢人会議』にとっては、人間の命などゴミクズ当然なのだという事を痛いほど分からされましたよ」

そう告げるハーディンの顔に、影が差す。

同時に、ギリ、と歯を食いしばる音。

固く握り締めた拳がわなわなと震えている。









―――そして、ハーディンは決意を口にした。









「…そう『賢人会議』のあの発言は、新たな戦いの引き金となる!
 シティと魔法士の戦争という、大量の命を奪う戦いの幕開けを意味してしまう!
 だから僕は『賢人会議』を討つ!新たな戦いの種は、種の内に刈り取らねばならない!!たとえ、この手が血で汚れようとも構わない!元より僕は、そんな世界で生きてきたのだから!!」


そのお陰で、感情を吐き出したハーディンの顔が、落ち着きを取り戻した。

久逆は無言でハーディンを見据え、ニールは小さく口を開けてハーディンを見、エリオットは「む〜」と何かを考え込んでいた。

「…ですが、今現在、僕は『賢人会議』の居場所すら知らない。この先争いの種となるであろう『賢人会議』に対し、何の対策も打てない。
 それが、酷くもどかしいんですよ」

ほんの少しだけ、寂しそうな笑顔。まるで、『力』が足りないのを悔やんでいるような、そんな感じ。

その笑顔が、ニールに『何か』を思い出させた。

『力』が足りない…それはまさに、過去のニールにも該当する事ではないのだろうか。

朝が来れば、明日になれば、みんな当たり前のように起きて、挨拶して、朝のご飯を食べて、笑いあって、それで……それで今日も一日仲良くしましょうって神様にお祈りをする―――それをかなえるだけの『力』を手に入れる事が出来なかったという過去。

そう。ハーディンの話を聞いている限り、ハーディンもまた、シティに住む人達の為に行動している事が分かる。

子ども達と神父様を救いたかったニール。シティの人達を守ろうとしているハーディン。

守る対象こそ違えど、その本質は同じなのではないだろうか。













(…だけど、この人のやり方は、私とは明らかに違う)

…しかしニールには、どうしても、その旨をハーディンに伝える事が出来なかった。

そもそも二ールは、血を流さないで物事を解決する主義だ。

だがハーディンは、今、確かに言った。

たとえ、この手が血で汚れようとも構わない』と。

その台詞が、ニールに迷いを持たせた。

だが、力の横行するこの世界では、ハーディンのやり方は寧ろ正しいのかもしれない。ニールの持つ血の流さない戦いというやり方は、甘っちょろいのかもしれない。

(でも、それは認めないわ…だから、今は何も言わない)

しかし、それでもニールにも譲れないものがあった。

無血の戦いを貫くという信念は、絶対に曲げる事なんて出来ないのだから―――。


















【 + + + + + + 】














そうしている間にも、ハーディンの話は終わりを告げた。

何が何でもシティの人間達を守りたいという、ハーディンの熱意が込められたお話が。たとえその手が血に汚れても、場合によっては他者を殺める事も致し方ないと認めているその決意が。

「…不思議ですね。大佐。
 こうしてみると、僕もあなた達も、その目的は同じで、やり方こそ違えど、その意思は共通するものみたいですね。
 …僕は奇跡なんて信じない主義ですが、きっとその想いが、今の出会いの機会を作ってくれたんじゃないですか…と思うのですよ」

一息吐いた後、凛とした表情でハーディンは告げる。その瞳に宿るは強い意志の表れだった。

「―――いや、存外、そうかもしれんな。
 そして、弱き民達を守り抜くその行為こそが、理に叶った行為。
 だからこそ私は、この道を選んでいる。例え何と言われようとも、だ」

「ええ、その『理に叶う行為』を現実にする為に、僕は、自分に出来る事はしてきたつもりです。
 例えば…嘗てシティは、シティのエネルギーを盗んで生活を営んでいる人間達を殺していたという事実があります。
 しかし、今ではその態度は改善されました―――というより、僕が改善させたんです」

「…へ?あの頑固なシティの上層部の体制を改善させたって?おいおい、何やったんだよー」

と、これはエリオットの声。

そんなエリオットに、ハーディンは微笑を浮かべてこう答えた。

「勿論――実力行使ですよ。
 僕には、それが出来るだけの『力』『地位』がありましたから」

実力行使――それは、この世界において最も単純で、最も分かりやすいものの聞かせ方だ。

温和そうな外見に反してかなりの実力者であるという事を醸し出す発言に、ニールは心の中で少しだけだが驚いていた。

そもそも『聖騎士』という魔法士がどのような能力かを、ハーディンは全くと言っていいほど説明していない。だが、何故かニールにはそれを聞く気にはならなかった。

その力が、他者を傷つける能力に、命を奪う能力に他ならないと予測がついたからである。

「それと」という言葉と共にハーディンが咳払いし、告げる。

「現在、シティに入れず、シティのエネルギーを盗んで生活を営んでいる人間達も、野党に身をやつす連中も沢山います。
 そして、現在、各々のシティの、人間に対する受け入れ量が減っているのも事実です。
 ですが、突き詰めれば、それは他ならぬ『賢人会議』のせいでしょう!
 『賢人会議』がマザーコアとなる魔法士を奪ったから、人間の受け入れ量が減って、名も無き街で住む人や、野党達がどうしても出てきてしまう!
 ―――そんなのは許せません…これが、僕が『賢人会議』を憎むもう一つの理由なのですよ」

青と緑のオッドアイに、怒りの感情が混じる。

「―――故に教えてください。『賢人会議』は、やはり…人類の敵なのですか?」

少しだけ表情を和らげて、

「その問いに対して、私からは言う事など何も無いな。
 『賢人会議』の考えでは世界は救えん。それだけだ。そして私は『賢人会議』の考えを理解する心算など微塵も無い」

「んー、オイラはなんていっていいのかわかんないや」

「…私も、どう言っていいのか分からない。けど、これだけは言える…少なくとも『賢人会議』は、私達とは絶対に相容れないって言ってたわ。だから、その答えは未来永劫変わらないものなのでしょうね」

三者三様の答えが告げられた。

「…そう、ですか…」

「だが、それしきの事で迷うなハーディン。
 お前はお前の信じた道を行け。その信念こそが標となる。最も、それは私たちとて同じなのだがな」

久逆の言葉は、この場限りとはいえハーディンの迷いを打ち消したようだ。その証拠に、ハーディンは元通りに笑顔を浮かべる。
 
「ええ、そうですね。
 …と、大変申し訳ありませんが、僕はこの辺で失礼いたします。次に向かわなくてはならないところがあるのですよ」

「そういえば、あれから結構時間が立ったわね…それでは、また会いましょう。ハーディン」

「再会を楽しみにしているぞ、ハーディン」

「また会おうなー!」

三者三様の挨拶を受け、ハーディンは吹雪の向こうへと駆け出していった。
















【 + + + + + + 】














「…行っちゃったな」

「…ええ」

「…そうだな。さて、私達も行くぞ」

ハーディンの姿が吹雪の向こうに消えたのを確認してから、久逆は踵を返して歩き出した。ニールとエリオットもそれに続く。

(…でも、ハーディンとまた会うときになったら、私は堂々と胸を張って彼の目の前に現れる事が出来るかしら…)

だが、ニールの心の中にはわだかまりがあった。それは、無血の戦いを貫く者と、血を流してでも大儀を成そうとする者の相容れない相関によるものだ。

正直な話、ニールは、ハーディンのようなタイプは最も嫌いだった。武力で他者を打ちのめすタイプが、どうしても好きになれないのだ。

ニールは『賢人会議』と出会っている。だから『賢人会議』の考えにも一理あると考えている。

だが、ハーディンの考えは、他者の考えを一切無視し、己の大儀を貫くというものだ。それは、ある種の独裁と言ってもいいのかもしれない。

独裁という単語を使うとハーディンが悪人のような扱いに思えてしまうが、彼の案は世界が生き延びる為には必要な案だという事が頭の中では分かっている…だが、それでもニールにも譲れないものがある。

それに、あの様子ではおそらくハーディンは『賢人会議』と出会ったことがないのだろう。先ず間違いなく、『賢人会議』があちこちでしてきた事や、あの全世界への放送を元に『賢人会議』を判断している。

もしハーディンも『賢人会議』に出会ったら、己の考えに憤りを覚えるのだろうか…と、脳裏に疑問が浮かんだところで、

「…ふむ、変わっとらんな。あいつは」

歩きながら、久逆がぽつりと呟いた。

「前に会ったのは二年ほど前だが…あの時と全く変わってない」

「それはいい意味でですか?それとも悪い意味でですか?」

反射的にニールは聞き返していた。

「両方で、だ。
 ハーディンはまだ若い。若いが故に己の信じた道に対してまっすぐに突き進める。そして、戦場で大量の死を見てきた事がその思いに裏打ちされているのだろう」

即座に返答した久逆はここで一息置いて、続けた。

「―――だが一方で、それを信じると、それしか見えないところがある。
 悪い意味で言うなら、人間を救うというその意識から来ている視野の狭さだ。
 おそらく、何らかの形であいつの信念が否定されれば一気に崩れかねん。十年前からハーディンはそういう魔法士だった」

「へえー、じゃあ、ハーディンってすっげー真面目な性格してんだな。まあ、さっきの会話で真面目に振舞っているっていうのは分かったけどさ」

「ふ、エリオット。ハーディンはお前が思っている以上に真面目で、そしてもっと頑固かもしれんぞ。何せ、あいつは自分の信念に対して譲るという事を知らんからな」

「へ?そうなのか?
 でもそれってさ、やっぱり大佐に似てるよな」

「ああ、私の教育の賜物かもしれん」

「いずれにしろ…また、会ってみたいですね」

「ああ、時間のある時にもっとおしゃべりしたいしな」

「―――安心するがいい。
 『賢人会議』が本格的に動き出せば、シティ連合として再びハーディンに出会えるだろう。
 何故なら、ハーディンが『賢人会議』につく事は絶対にありえん。私が保証する」

「…やはり私達は、そういう形でしか再会できないのですね。これも一種の『定め』なのかな…」

ニールの顔には、少しだけ自虐の笑みに相応しい物が浮かんでいた。

「そうか?また会えるって言うなら、どんな形であろうとオイラは別に構わないぜ」

で、相変わらずニールとは正反対な様子のエリオットの姿。
















そして三人は、フライヤーへと戻った。

いつか訪れるかもしれない再会に、かすかに胸を躍らせながら。

ただ、一人だけが、複雑な思いを胸に秘めながら。














―――幕―――











【あとがき】

どうもこんにちは。

今回、七祈さんのキャラを使用してのクロスオーバーものを書いてみようと意気込んで…何でかこんな物語になってしまった画龍点せー異です。






ええっと…正直、ものすっごく難しかったです。

なんていうか…久逆さんの話を書きたかったはずが、後々に出てくる『聖騎士』の掘り下げになってるような…。

シリアスな流れなのは、雰囲気的に【独立交錯】や【続・独立交錯】みたいなのをやってみたかったと思っていたせいかもしれません。

でも、久逆さんに渋い台詞を言わせられたのでちょっと満足。






実は私、久逆さんが結構気に入っていたりするんです。理由としては、考え方に共感できるところがあったからかもしれません―――というのが第一ですね…あ、勿論ニールも好きですよ。

で、オリキャラの中で久逆さんに近い思想を持つキャラといえば…由里あたりなんでしょうけど、流石に彼女と久逆さんに接点を作るのは厳しいでしょう。

という訳で、現段階(2007/3/23)で出番があって、かつシティ側の人物とくれば…という考えから、まだ一話しか出てないけれど『聖騎士』に出てもらいました。

実は『聖騎士』は、十年ほど前に大戦中期に作られた魔法士ですから、設定的にもつじつまが合うのですよ。初登場のシーンでもそれは既に説明してありましたし。

彼についてはこれから『FJ』本編で語りたいと思っております。

その為にも、作中では敢えて『聖騎士』の能力に触れないようにしておりました。まあ、本名には触れちゃいましたがw





久逆さんもニールもハーディンも、方法こそ違えど、守りたい人が居る。

それは『賢人会議』とて同じなんですが、『賢人会議』はこのメンツと真っ向から対立してるんですよね。という訳で、敢えて『賢人会議』についてはあまり触れませんでした。触れちゃうとややこしくなりそうですし。







それでは、このような場を与えてくださった七祈さんに感謝しながらも、今回はこの辺で。







画龍点せー異